薬物を混入するとどんな罪になる? 実際の事例

2023年07月10日
  • 薬物事件
  • 薬物混入
薬物を混入するとどんな罪になる? 実際の事例

平成29年、千葉県の介護施設に勤務していた職員が、同僚に睡眠導入剤を混ぜた飲み物を飲ませて交通事故を起こさせ、死亡させた事件が起きました。本件は、死亡した女性のほかにも複数の被害者が存在しており、犯行内容の卑劣さや懲役24年という厳しい判決が下されたことで、大きな話題になった事件です。

嫌がらせやいたずら目的で他人の飲食物に薬物を混入させる行為は、法律に照らすと犯罪にあたります。では、薬物を混入する行為はどんな犯罪になるのでしょうか。

本コラムでは「薬物混入」について、問われる罪や実際の事例、嫌がらせやいたずら目的で他人の飲食物に薬物を混入させたときの解決法などを、ベリーベスト法律事務所 海浜幕張オフィスの弁護士が解説します。

1、薬物混入で問われる罪とは?

飲食物など他人が口にするものに薬物を混入させる行為は違法です。

とはいえ、薬物といっても覚醒剤や麻薬といった禁止薬物ではなく市販薬など簡単に入手できるものを混入させただけだったり、相手にはとくに異常が起きなかったりするケースも考えられるので、どの程度の行為が違法となるのか、はっきりしません。

違法となる薬物混入とはどんな行為を指すのか、どんな罪にあたるのかを考えていきましょう。

  1. (1)「薬物」とはどのような物を指すのか?

    「薬物」といえば、まずイメージするのは覚醒剤・大麻・MDMA・コカイン・ヘロイン・シンナーといった中毒性・依存性の高い禁止薬物でしょう。

    たしかに、これらはその成分を体内に取り込むことで重大な健康被害を発生させ、摂取量や本人の体質によっては死に至らしめることもある危険なものです。

    しかし、他人の飲食物に混入させることで問題となる薬物は、禁止薬物に限りません

    薬物とは、人が身体に摂取することで生理・心理に変化をもたらす物質であり、たとえば市販のかぜ薬や鎮痛剤といったものでも、過剰に摂取したり、アルコール類と併せて摂取したりすれば、身体に悪影響をもたらすおそれがあります。

    必要に応じて通常の用法・用量を守りながら使用すれば悪影響がないものでも、相手の生理・心理に変化をもたらす以上は違法となる可能性が高いでしょう

  2. (2)薬物を混入させる行為そのもので問われる罪

    薬物が相手の身体に影響をもたらさなかったとしても「薬物を混入させた」という行為そのものが、刑法第208条の「暴行罪」にあたります。

    暴行罪といえば、殴ったり蹴ったりといった暴力行為を罰する犯罪ですが、処罰の対象となるのは「人の身体に向けられた不法な有形力の行使」です。

    他人の飲食物に薬物を混入させて相手の身体になんらかの変化をもたらそうとする行為もこれにあたるため、暴行罪が成立する可能性が高いでしょう。

    暴行罪には、2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料が科せられます

  3. (3)相手が不調を起こした場合に問われる罪

    薬物が相手の身体に変化をもたらして不調に陥れた場合は、暴行罪ではなく刑法第204条の「傷害罪」に問われます。

    傷害罪とは、暴行によって人の生理機能を傷害した者を罰する犯罪です。一般的には「ケンカをして相手を殴りけがを負わせた」などのケースに適用されるものですが、たとえば「混入させた薬の効果で相手がショック症状を起こし気絶した」「下剤を混入した飲み物を飲ませて下痢にさせた」といった場合も傷害罪となります。

    傷害罪の法定刑は、15年以下の懲役または50万円以下の罰金です

    また、相手を殺害するつもりで薬物を混入させた場合、実際に殺害に至れば刑法第199条の「殺人罪」、殺害に至らなくても「殺人未遂」の罪を問われます。

    直接的に人を殺害する効果がある薬物ではなくても、冒頭で挙げた事例のように睡眠導入剤を混入させたといったケースでは「車の運転中に眠気を催せば事故を起こして死ぬかもしれない」と認識していたという理由で殺人罪が適用される可能性が高いでしょう。

    殺人罪の法定刑は、死刑または無期もしくは5年以上の懲役です未遂に終わった場合でも、同じ法定刑で処罰されます

    もし殺害する意図はなかったとしても、不調に陥った結果、相手が死亡してしまった場合は、刑法第205条の「傷害致死罪」です。法定刑は3年以上の有期懲役で、最長20年の懲役が科せられます

2、自分が違法薬物を摂取させられても罪になるのか?

もし、自分の飲食物に薬物を混入されてしまい、その薬物が覚醒剤などの使用が禁止されている違法薬物だった場合、自分の意思で摂取したのではなくても罪を問われるのでしょうか。

  1. (1)摂取の故意がなければ犯罪は成立しないのが基本

    覚醒剤や麻薬にあたる薬物は、体内に摂取する行為を「使用」として禁止しています。
    ただし、これらの使用が成立するには「故意」が必要です

    たとえば、まったく気づかないうちに飲食物に覚醒剤を混入されていた、日ごろ飲んでいる処方薬に似たMDMAの錠剤が混入されており気づかずに飲んでしまったといったケースでは、故意がないため体内に摂取しても犯罪は成立しないと考えるのが基本です。

  2. (2)「故意ではない」と証明するのは難しい

    違法薬物の使用で犯罪が成立するのは故意がある場合に限られますが、実際に簡易検査や鑑定によって体内から違法薬物の成分が検出されてしまうと「知らなかった」と主張するだけで疑いを晴らすのは難しいでしょう。

    たとえば、相手からはっきりと「これは覚醒剤だ」と告げられたわけではなくても「気分がよくなる薬を混ぜてあげるよ」などと言われてこれを許した場合は、故意を否定できなくなる危険が高くなります。

    違法薬物の使用について故意があるかどうかは、混入されたと考えられるときの詳しい状況、混入させた疑いのある者の自供などのほか、本人に違法薬物の前科・前歴があるか、日ごろから違法薬物やドラッグなどが、まん延しているような場所に出入りしているかなどから判断されます。

    故意に使用したのではないとしても、違法薬物を使用している人物との交流があったり、取引が疑われている場所に出入りしていたりすると、故意を否定しても認めてもらえないかもしれません

3、実際に起きた薬物混入の事例

ここでは、実際に起きた薬物混入の事例を挙げていきます。

  1. (1)夜行バスの車内で別の乗客の飲料に薬物を混入させた事例

    夜行バスの車内で、隣に座っていた乗客のペットボトル飲料に睡眠作用のある薬物を注射器で混入させた男が、準強制わいせつ未遂の容疑で逮捕された事例です。

    男は、薬物を混入させたあとで乗客の体を触ろうとしました。その際は、抵抗にあったため実害には至りませんでしたが、乗客が降車後に警察に通報したため事件が発覚しました。

  2. (2)バーで睡眠薬入りの飲み物を飲ませてホテルに連れ込んだ事例

    知人の女性を飲食に誘い、バーで睡眠薬入りの飲み物を飲ませて抵抗できない状態にしたうえでホテルに連れ込んだ事例です。

    女性が席を立ったすきに睡眠薬を混入させたとみられていますが、ホテルに連れ込んだもののわいせつな行為には至らず、犯行は未遂に終わりました。

  3. (3)アスリートが別の選手の飲料にドーピング剤を混入させた事例

    カヌー競技の選手がライバル選手の飲み物に筋肉を強化するドーピング剤を混入させた事例です。

    被害を受けた選手はドーピング検査で陽性反応が出てしまったので暫定的に大会への出場資格が停止されてしまいました。薬物を混入させた選手は、業務妨害の疑いで警察の調べを受けて書類送検されました。

4、他人の飲食物に薬物を混入させてしまった場合の解決策

嫌がらせやいたずらなど、軽い気持ちでも他人の飲食物に薬物を混入させる行為は犯罪にあたります。相手の身体に重大な結果が生じてしまえば厳しい処分を受けることになるでしょう。

できるだけ穏便なかたちで解決するにはどうすればよいのでしょうか。

  1. (1)被害者との示談が重要

    刑事事件を穏便なかたちで解決するために最も有効な策となるのが、被害者との示談です。
    被害者に対して真摯に謝罪し、被害によって生じた損害を賠償することで、刑事責任を追及しないように求める交渉をおこないます。

    被害者本人が薬物を混入されたことに気づくよりも前に示談が成立すれば、警察への届出を阻止し、逮捕や刑罰を回避できるでしょう

    すでに被害者が警察へ被害を申告していても、示談成立によって被害届や刑事告訴が取り下げられれば捜査が中断される可能性が高まります。

    もし検察官が起訴に踏み切って刑事裁判で罪を問われる事態に発展していても、被害者に対して謝罪・弁済を尽くしているという事実は加害者にとって有利な事情としてはたらきます。有罪判決が避けられない状況でも、執行猶予など有利な処分につながるかもしれません

  2. (2)安全に示談を進めたいなら弁護士に相談を

    刑事事件を穏便に解決したいなら被害者との示談成立を目指すべきですが、加害者から「示談したい」という申し入れがあったからといって、かならず応じてもらえるとは限りません。

    犯罪被害者の多くは、加害者に対して強い怒りを抱いているものです。しかも自分の飲食物に薬物を混入させた相手となれば、恐怖や嫌悪の感情も重なってしまい、示談交渉を頑なに拒まれてしまうおそれもあります。

    安全に被害者との示談交渉を進めるためには、弁護士のサポートが必須です。公平な第三者である弁護士が交渉の窓口を務めれば、警戒心が強い被害者でも抵抗なく示談交渉に応じてくれる可能性が高まるでしょう。

    刑事事件の解決はスピード勝負です。示談は早ければ早いほど効果が高まるので、他人の飲食物に薬物を混入させてしまった場合は、すぐに弁護士に相談して示談交渉を依頼することをおすすめします

5、まとめ

他人の飲食物に薬物を混入させる行為は犯罪です。相手の身体に不調が生じなくても暴行罪、不調が生じれば傷害罪、死に至らしめれば殺人罪などに問われることになり、厳しい処分を受けることになるかもしれません。

嫌がらせやいたずらといった悪質性の低い目的だったとしても、厳しい処分を避けるためには素早い対応が必要です。ただちに弁護士に相談してサポートを受けましょう。

薬物混入に関する事件を穏便に解決したいと望むなら、ベリーベスト法律事務所 海浜幕張オフィスにご相談ください。

刑事事件の解決実績を豊富にもつ弁護士が、被害者との示談交渉など、厳しい処分を回避・軽減するためのサポートを全力で尽くします

  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています